プロジェクト・メイト

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"秘書の秘書"プロジェクト・メイトのホームページについて



このサイトの名前、プロジェクトメイトは、「プロジェクトの仲間」という意味です。                 


この名前をつけた理由は、これからの世の中は、組織、年齢、性別、国籍などに関係なく、プロジェクトごとに必要とされる人達が集まり、フレキシブルに仕事をこなすという、新しい仕事のやり方が生まれるのではないか・・・・                 


そんな漠然とした思いからでした。


それまでの私は、30年近くいろいろな外資系で秘書を勤め、収入もまあまあ悪くはありませんでした。けれど、働きながら 「何かが違ってきている」 という思いはつのるばかりでした。


外資系で働いていたため、日本企業より一足お先にリストラの嵐が吹き荒れていた時です。それでも、今、会社を辞めたらこのお給料をくれるところを他に見つけることは不可能だし、リストラされた人達から比べたらどんなにか恵まれているのだ、と自分に言い聞かせながら働いていました。                 


でも、そんな自分を騙しきれなくなってしまいました。身体が働くことを拒否し始めたのです。                 


深呼吸をしなくては、会社のビルに入ることができませんでした。夜、眠る時より、朝起きた時の方が疲れているのです。背中が痛く、身体は死ぬほどだるくなってきてしまいました。夜中に何度も目をさまし、眠れなくなりました。


限界でした。そして、辞表を出しましたのが2003年6月のことです。


その時も、「再就職は厳しいことになる」と覚悟していたつもりでした。しかし、その覚悟さえも甘いものだったと思わざるを得ない、想像以上の厳しさでした。


今度は、自分の選択が間違っていたのだろうかと悩みました。けれど、ともかく前に進む以外道はありません。                 


それでも、この歳まで「会社」勤めしかしらない私は、仕事=就職という考えからそう簡単には抜け出せませんでした。


仕事をネットで探しながら、これからはインターネットの知識も必要になってくると、Webの学校へ通いました。その時は、ホームページが作れたら、少しは就職が有利になるかもしれないという思いからだったのです。


練習のためにも、自分のサイトを立ち上げようと思い立った時、ふと浮かんだプロジェクトメイトという名前ですが、あれから何年かが経過し、徐々に現実味をおびてきました。


昨今の変化のスピードの速さに、組織が対応しきれないでいるのが現実ではないでしょうか。大きくなればなるほど、動きがとれなくなってしまっているそんな気がいたします。


もちろん、新しい仕事のやり方を構築するにも、仕事の分担、責任の取り方など、利益の分配の仕方など、まだまだクリアしなくてはならない問題は残っています。


けれど、少なくとも「就職」という形にこだわらなければ、年齢という壁は考えずにすみます。


また、会社に就職したり、派遣で働くことも「プロジェクトのひとつ」と考えれば、あまり正社員、派遣社員ということに拘らないで済むのではないでしょうか。


プロジェクトをひとつ、ひとつこなしながら、自由な気持ちで自分のキャリアを構築していく、そんな考えが、若い人達にも、定年を迎え第二ステージにたった人達にも、増えてくるのではないかと考える今日この頃です。                 


今後、世の中にプロジェクトメイトがどのように増えていくのか楽しみに・・・・








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